地球温暖化もいいもんだ

 例年に比べ雪が少なく、楽してる。朝早く起きての雪掻きはつらいからなあ。これも地球温暖化の影響なんだろうか。とすれば、温暖化も悪くないんじゃない?と思えてしまう不埒な私である。

 性格が素直じゃないので一度、考えてみる。「地球温暖化ってのは本当に悪いことなんだろうか?」。強調されるのは、海面上昇や砂漠化など負の側面ばかりだが、暖かい冬を経験してしまうとまんざらでもないような気が。

 もともと地球は、過去に何度も氷河期・温暖化を繰り返してきた。現在、超長期的にみると氷河期にむかっているという。想像できないくらい長いスパンで考えると、地球自身、環境を変えながら存在し続け、今このとき、ほんの一瞬に過ぎない期間に人間ごときが文明の利器を振り回して多少、地球の表面を汚したとしても地球自身の生命力がリカバリーしてゆくのだろう。

 砂漠化する地域もあるが、シベリアのタイガやツンドラが穀倉地帯になる可能性だってあるのだし、温暖化によって得をする人もいれば、損をする人も出てくる。温暖化で今の世界の秩序が乱れ、国際的な力関係が変わってしまうことから、国際政治問題として取り上げられている側面もある。言い換えれば、これはエコではなくエゴだ。いたずらに不安を煽るだけでなく、何が不都合な真実なのか教えてほしい。

 ただなあ、明日の天気予報でさえ正確に当たらない世の中、長期的な気候変動が本当に予測できるのだろうかと心配になってくる。

私は「違いのわかる男」

「勘違いの男達」で書いたことだが、

 「違いがわかる男」のリストに名前のなかった「田村正和」が最近、「ビールと間違いましたー」と叫ぶ「麦とホップ」。発泡酒か第3のビールか知らんけど、それはナイッテ。ゼッタイ間違いませんって。

 書いてしまってから、妙に気になりはじめ、買ってきました「麦とホップ」。昨夜の晩酌の1杯目、グラスに移し口をつけ味わってみた。初体験の第3のビール。ん?「気の抜けた居酒屋のビールみたい」というのが第一印象。ま、飲めなくはないけど。「気の抜けたビール」でも、ビールには違いなく「間違いましたー」と叫ぶ田村正和は正しい事を言ってるのかしらと思いながら、アサヒのスーパードライの栓を抜く。いやーゼンゼン違うって! 間違えるわけナイッテ! やっぱり、田村正和は大ウソツキだあ! ひょっとすると、かなり酔ったあとに飲んだのかも。酔ってしまえば、ナニを飲んでも同じってか。

 それにしても最近、お気に入りだった「アサヒのプレミアム熟選」、どこにも売ってませんねえ。あまりの旨さに誰かが買い占めてしまったのだろうか。それとも不人気で製造中止になってしまったのだろうか。今となっては私にとって「幻のビール」になってしまった。ま、酔ってしまえば、「違いのわからない男」になってしまうのだが。

さすがアメリカのパワー

 いやー、スゴかったなあ。先ほどまでWOWOWの前に釘付け。何がスゴイって、アメリカのパワーに圧倒されていた。

 「オバマ大統領就任記念コンサート」、1月20日の就任式に向けての記念行事の一つである。18日午後、ワシントンの「リンカーン記念館」で開催されたもの。50万人もの観客が厳寒の野外に埋めつくす会場での豪華メンバーのパフォーマンス。

ブルース・スプリングスティーン、メアリー・J・ブライジ、ロブ・マシューズ・バンド、ジョン・ボン・ジョヴィとデュエットするベティ・ラヴェット、ジェイムズ・テイラー、ジョン・レジェンド、シュガーランドのジェニファー・ネトルズ、ジョン・メレンキャンプ、ジョシュ・グローバンとヘザー・ヘッドリー、シェリル・クロウ、ハービー・ハンコック、ウィル・アイ・アム、ソプラノ歌手のルネ・フレミング、ガース・ブルックス、スティーヴィー・ワンダー、アッシャー、シャキーラ、U2、89歳のピート・シーガーと孫のタオ・シーガー・ロドリゲス、ビヨンセなど。また、プレゼンターとしてトム・ハンクス、デンゼル・ワシントン、ジェイミー・フォックス、クイーン・ラティファ、マーティン・ルーサー・キング3世、タイガー・ウッズらも出演。

 ビル・ウィザーズの72年の全米No1ヒットの「リーン・オン・ミー」をメアリー・J・ブライジが唄い、あの頃を懐かしく想い出した。他にサム・クックの代表曲「チェンジ・イズ・ゴナ・カム」や、ジェイムズ・テイラーの「シャワー・ザ・ピープル」などなど。永遠のセックスシンボル、シェリル・クロウやハービー・ハンコック、カントリー界のスーパースター、共和党支持者のガース・ブルックスらが、普段観ることのできないコラボレーションを演じ、最高のステージ。コンサートをトリは、スーパースターのビヨンセ。「アメリカ・ザ・ビューティフル」を熱唱、最後は全員の大合唱でコンサートの幕は下りた。

 毎年感動しながら観ている2月のグラミー授賞式よりも楽しい番組だった。もし私が共和党支持者だったとしても「オバマと一緒に頑張ろう」という気持ちにさせられるコンサートだった。観客として、あの歴史的な場に立ち会った人々には一生忘れられない想い出になったことと思う。羨ましいなあー。たとえヌーディストクラブに泊まってでも行ってみたかったなあ。

 さすがアメリカのパワーには、かなわないということを魅せつけられた。音楽はやっぱり、人の心を動かすんだ(すっかり洗脳されてしまった私)

勘違いの男達

♪ダバダ~

 「違いがわかる男」がインスタント・コーヒーなんか飲むわけねぇだろ。と、あのCMが始まった頃、テレビに向かって毒づいていた。その「違いがわからない勘違い男」が、こんなに沢山いるとは思わなかった。というのも例のCM、毎年一人か二人づつ出演していて今年で40年も放映されている。世にいう有名人。それも皆、一芸に秀でる人達ばかりだ。

松山善三(映画監督)、黛敏郎(音楽家)、中村吉右衛門(歌舞伎役者)、遠藤周作(小説家)、池坊専永(華道家)、北杜夫(小説家)、岩城宏之(音楽家)、清家清(建築家)、野村万作(狂言師)、二谷英明(俳優)、江藤俊哉(音楽家)、曾田雄亮(陶芸家)、後藤純男(日本画家)、石丸寛(音楽家)、阿川弘之(作家)、やまもと寛斎(ファッションデザイナー)、観世栄夫(能楽師)、由良拓也(レーシングカーデザイナー)、沢井忠夫(箏曲奏者)、高倉健(俳優)、靃見芳浩(経済学者)、小田和正(シンガーソングライター)、宮本輝(小説家)、坂東八十助(歌舞伎役者)、宮本亜門(演出家)、錦織健(オペラ歌手)、川瀬敏郎(花人)、石丸幹二(劇団四季俳優)、熊川哲也(バレエダンサー)、和泉元彌(狂言師)、山本容子(銅版画家)、松本幸四郎(歌舞伎役者)・市川染五郎(歌舞伎役者)・松たか子(女優)、野口健(登山家)、外尾悦郎(彫刻家)、緒形拳(俳優)、唐沢寿明(俳優)・三谷幸喜(劇作家、脚本家、俳優、映画監督)、大平貴之(プラネタリウムクリエーター)、小林崇(ツリーハウスクリエーター)

 CMが開始されたのは、昭和45年。「違いがわかる男」から「上質を知る人の」にキャッチコピーが変わったのは、平成3年のこと。「やっぱり気づいたかよ。遅いんだよ」と、またまたテレビに向かって毒づいた。その後、平成12年からは「違いを楽しむ人の」と、どちらかというとマトモな解釈になった。

 普通のネスカフェとゴールドブレンドでは、味が違うのかもしれないが、私にはよくわからない。つまり私は「違いのわからない男」ということになる。でも、ビールの味の違いならキキワケる自信はある。昔「クリープを入れないコーヒーなんて」とカッコつけてた「田村正和」が、最近「ビールと間違いましたあ」と叫ぶ「麦とホップ」。発泡酒か第3のビールか知らんけど、それはナイッテ。「ゼッタイ間違いませんって」

 そういえば「違いがわかる男」のリストに「田村正和」の名前はなかったよなあ。

やればできる

 「ヤレばデキる」。誤解のないように言っておくが、中学校の性教育でいうところの意味ではない。

 子供の頃、親にも学校の先生にも「おまえはやれば出来るんだから」と言われた記憶がある。また、通知箋の通信欄に「玉磨かざれば光なし」と書かれたことも。当時の私が玉であったかどうか怪しいものだが、能力に応じた努力を促し、子供をオダてヤル気にさせようという魂胆だろうことは、今ならば理解できる。しかし果たして今の世の中、やれば必ずできるのだろうか。夢も希望も溢れていた昭和の中頃、明るい未来を信じて努力すれば必ず報われると誰もが一生懸命生きていた。

 全体主義にとらわれない個人主義、いわば利己主義ばかりが蔓延する現代、「やればできる」を信じて、やった結果が悪ければ落ちこぼれてゆく。「やればできるというのは、やってできた人のセリフ」であって、実際は「やればできるかもしれないが、やってもできないかも」、「むしろやればできるとは思わないほうが良いかも」、「やれば出来るほど世間は甘くない」、「やらないより、やったほうが良いかも」という退廃的な考え方が大勢を占めてきたような気がする。

 この風潮が良いことでないのは当たり前だが、今の閉塞感に満ちた社会では、生きることに精一杯であったり、生きることが困難であると感じる人もいて、どうにも出口が見えてこない。せめて、気の持ち方を変えることで殻を破ることは出来ないだろうか。

 「やって、あたりまえ」という感覚。

 「やらなければならないことは、やってあたりまえ」。学生は勉強して当たり前。社会人は働いて当たり前。家庭の主は一家を養って当たり前。人間は一生懸命生きて当たり前。政治家は国民のことを第一に考えて当たり前。それぞれの人がそれぞれの道を当然のように歩んでゆく。そんな世の中になれば、いつかまた「やればできる」という努力が報われる希望に満ちた社会が戻ってくるのではないだろうか。

 甘いと言われれば、それまでだが。

ブルカミア

 金魚を飼っている。というか飼い続けている。小さな金魚が大きく育ち寿命が尽き水槽が寂しくなると、また新しい仲間が増えるという具合だ。私が子供の頃からの水槽なので、50年も使っているが、まだまだ使用に耐えている。60cm水槽で水を換えるのは一仕事。金魚にしてみれば、水が澄んでいようが濁っていようがどうでもよくて、水替えなんて迷惑以外の何物でもないのだろうが、同じ生活空間にあるかぎり、やはりキレイなほうが気分イイ。

 以前は、「1ヶ月間水換え不要」という上部フィルターを使っていたが、あるとき1年間水換え不要という納豆菌を使った「バイオリング」を見つけ、横着しようと手に入れた。これはこれで我慢できる程度に効果はあったのだが、1年半ほど使い効果も薄れてきた頃、テレビ番組で2年間水換え不要「ブルカミア」という優れものがあることを知った。早速、手に入れ水槽をリセット。底面フィルターから水を汲み上げる方式で、底に敷いたブルカミアという石が汚れを物理的に濾過し、バクテリアが繁殖し生物的濾過も期待できるらしい。その効果は、驚くべきものだった。今までみたこともない水の透明感だ。この値段で2年間も維持できるのなら、最高のコストパフォーマンス。

 「おー、今日もキレイだあ」と毎朝、金魚を観るより水の透明感を楽しむという本末転倒な私である。

泥水のような水槽 ところで、ウチの金魚には皆、名前がついている。出目金は「クロ」、大きなコメットは「コメ」、小さなコメットは「コメッコ」、普通の金魚は「フツウノ」という。エサのときに名前を呼ぶと水面に集まってパクパクする。

 ブルカミアを使い始めて半月ほど経ったある朝、水槽を観てビックリ!なんと泥水のように濁り、金魚の姿も見えないくらいだ。よくよく見ると水中ポンプから水が出ていない。「えーっ、不良品だあ」ということで早速、購入した店に電話をしたところが、説明によると原因は私の不注意らしい。底面フィルターをセットするとき、底から少し浮いていた可能性が。その隙間を通った粒上のブルカミアがポンプのファンによって粉々に粉砕され泥状になりポンプが詰まったらしい。対応策を聞き、またまた水槽のリセット。これが結構大変なんだなあ。しかし結局問題解決せず。

透明感溢れる水槽 もうこうなったらオトコの意地だもんね。新しいブルカミア8kgを購入しなおし、底面フィルターをシリコンでコーキング。いっさいの隙間も許さんぞ。というくらい厳重にリセット。はあー、大変だあ。「俺は、いったい何をやってるんだろ」状態。

 苦労の甲斐あって今は落ち着いているのだが、あと2年が経った頃、世の中には「3年間水換え不要」というシステムが出来ていて、また要らん苦労をするのだろうか。

関連:ブルカミアのその後
関連:ブルカミアの顛末

期間限定の幸せを味わう

 以前、このブログで「アナタにとっての幸せとは」という記事で「我慢に我慢を重ねたあとのトイレで一気に放出する瞬間、これ以上無いほどのホッとする幸せを感じる」と書いたが、それとて一瞬だけの事。喉もと過ぎればナンとかのごとく用を足してしまえば、もうなんとも感じない。幸せを感じていられるのは、しょせん期間限定なのだ。

 もし、アナタが1日だけでも幸せでいたいと思うなら、「前から欲しかった素敵な洋服を買い、それを着て1日を過ごす」というのはどうだろう。きっと、その日1日はとても幸せな気分で過ごせるはず。でも、ハッピーな気分は、せいぜい1日くらいのこと。

 例えばアナタが1週間、幸せでいたいと思うなら、「クルマを買う」のはどうだろう。新しい車を眺めたり、さすったり、洗車したり、磨いたり、なかにはクルマの中で寝てしまおうかというほど嬉しくてたまらないという人もいるかもしれない。その1週間は、とても幸せな気分でいられるはず。

 アナタがもし1か月間、幸せでいたいなら、「恋をしなさい」。夢から覚める1か月の間、寝ても覚めても夢心地のウットリした気分でいられるから。

 そして、アナタが3か月間、幸せな気分でいたいと思うなら、「結婚するのがイイかもしれない」。きっと、甘―い気分を味わうことができるはず。とりあえず3か月の間は...

 さて、もしもアナタが1年間、幸せな気分でいたい場合は、「家を建てよう」。春夏秋冬、季節の変化に応じてマイホームを持った喜びに浸れるだろう。

 このように、幸せとは期間限定なのだ。そこで、もしもアナタが大胆にも一生、幸せでいたいと願うなら、「この開運印のハンコを買いなさい」というのが印鑑のセールスマン...

 人間、高望みをしてはイケナイ。結局は小さな幸せをコツコツと積み上げていくのが一番。とりあえず2時間だけでも幸せな気分でいるには、「クラブ・ゼナを聴く」

 というのが、ラジオのディスク・ジョッキーをやっていた頃の私のホラ話。

温まるのは鰻より人の心

 道歯では月に一度、理事会があり、その日だけ夕食が用意される。毎回弁当だが、その時によって「幕の内」であったり「助六寿司」であったり手をかえ品をかえ、事務局が苦労しているのだろう。いつも美味しく頂いている。

 昨日の理事会、開会前いつものように食事が用意されている部屋へ行き、食べようとすると、初めて見る包装の弁当。「何が入ってるのかな」とふたを開けたところ、ナント「うな重」ではないか。マイ・ファースト・インプレッション。「エー、誰か私のブログを読んで、気を使ってくれたのかな」。なんたって、先日「鰻が大好き」と書いたばかり。

 嬉しくなって齧りついたのだが、これが冷えていて鰻もご飯も硬いのなんの。ま、鰻には違いないので味はともあれ何度も噛みしめ全部頂いた。途中、「そういえば事務局に電子レンジあったよな」と想い出した時には、もう残りわずか。冷えたそのままを平らげた。今まで経験したことのないマイ・ファースト・ワーストテイスト。

 F森副会長に「食べるならチンしたほうがイイよ」と忠告。あとで聞いたら「温めないほうがよかった。油がスゴクて」とのこと。それもそのはず、私がブログに書いたとおり蒸さずに焼いた蒲焼。きっと、他の理事者にも評判が悪かったんだろうな。別室で I 理事に囁かれた。「先生がブログに書いたから鰻だったんじゃないの?」

 でも、理事会弁当のわずかな予算内で「蒸さずに焼くうな重」をメニューに選び、業者に無理を言って(業者さんの努力の後がうかがえる。半身にした鰻をまた半分に開いて拡げ、見た目に蒲焼の形を再現していたのだから。表現がわかりにくいかもしれないが3枚におろした身をまた2枚におろし、結局6枚おろしの鰻。あの技術はたいしたもんだ)注文してくれた事務局の方々の暖かい配慮に心が温められました。ただでさえ、ウナギを食べると精神的に落ちつき優しくなれる私にとって、味はともあれ人の優しさが心にしみる「最高のお弁当」でした。気を使って指示してくれたナガエさん、ありがとう。

 P.S. ついでに言っておきますが、じつは私、饅頭コワイ・すき焼きコワイ・ステーキコワイ・焼肉コワイ・特上生寿司コワイ...

関連記事:犯罪的な匂い

我が家のご馳走釣りキンキ

キンキ 子供の頃から、我が家で一番のご馳走といえば「釣りキンキを蒸したもの」だった。大きな皿に1匹丸まんまを乗せ、蒸し器で蒸しただけのもの。これが一人に1匹づつあたるのだから、なんとも贅沢な気分にさせてくれる料理だ。なんたって「釣りキンキ」。今、買うと大きなもので1匹5千円は下らないだろうが、昔でも安くはなかったろう。だからこそ「今夜は蒸しキンキ!」とオフクロが言うと「おーっ!」と歓声が上がったものだ。

 この「蒸しキンキ」にソースをかけて食べるのが、我が家の慣わし。大人はウスターソース、子供はトンカツソース。これが「なんとも言えんくらい旨い!」

 我が家自慢のご馳走ということで、あるところでこの話をした。ところがなんと皆、引いてしまい、「えーっ!」という反応。「なんで、蒸しキンキにソースなのよ」、「キンキを蒸したら醤油だろうが」とか「ポン酢だよ」と馬鹿にされる始末。そこで、「馬鹿言え、あんな旨いもんないぞ。なんていうか、まるで卵の黄身のように濃厚でマッタリちゅうか、サッパリちゅうか、何とも言えん味がするんだ」と反論したが、悔しいことに「じゃあ、卵食べればイイっしょ」と言われてしまった。

 ずうっと子供の頃から、我が家のご馳走だと何の迷いもなく信じていた私にとって、これほど大きなショックはなかった。それ以来、もうこの話は人前ですることもなく何年か経ったある日、「卵を食べれば...」と、ほざいたニックキ男が、私に1枚の新聞の切抜きをくれた。「あれ、あのときのキンキの話、新聞に載ってたよ」

 そこには、「網走地方ではキンキをお湯で煮て「湯煮」という。ウスターソースをかけて食べるのが漁師風」と載ってるではないか。

 えーっ、我が家のご馳走は「一般人が口にできない漁師料理だったのだ」と鼻高々。 汚名返上。名誉挽回。最高裁で逆転勝訴。無罪放免。っていうくらいの嬉しさ。嬉しいことがあると、誰かに話したくなる私。当時、FMラジオのDJだったこともあり、公共の電波を使って番組の中で披露してしまった。その反響は、仲間との酒の席での話とは比べようもならないくらいのブーイング。「アンタの舌はヘンだ」「気持ち悪い」「お前の食生活に疑問を感じる」などなど。

 その後、ある場所でこのイキサツが話題になり、「まっ、いろんな人いるよ。私の知り合いで焼き茄子にソースをかけて食べる人もいるくらいだもの。焼き茄子には生姜醤油だよね」という私に、「そうなの?俺は、焼き茄子にはコショーだけど...」という人に出会った。

 人それぞれなんだなあ。

犯罪的な匂いに抵抗できず

素焼きの焙烙で煎茶を焙じる 我が家では、素焼きの焙烙(ほうろく)で煎茶を焙じて飲んでいる。炒りたてのほうじ茶の香りは、やはり格別。焙煎にかかる時間は、ほんの数分なので、毎回飲む直前に焙じている。そのときの気分によって、浅く煎ったり深く煎ったり。そのとき、部屋中に昔のお茶屋さんの前を通りかかった時のような香ばしい匂いが漂い、いっときの幸せを感じる。

 匂いといえば、犯罪ともいえる匂いがある。街を歩いていると風向きによっては遠くからでも強烈な匂いが漂い、その匂いを嗅ぐと私は、ついフラフラと引き寄せられてしまうか、その時の腹具合というか懐具合によっては、逃げるように離れることにしている。あれは反則というか、凶器というか、まるで犯罪だ。ケムに巻かれるという言葉は、まさにあのこと。

 鰻屋さんは、どうして意図的に強力な換気扇を使ってまで蒲焼の匂いを外に振りまくのか。店の周辺は、蒲焼の匂いで公害状態。あれこそ職権乱用以外の何物でもない。匂いだけでは、生唾ゴクゴク頭がクラクラ状態になってしまう。「鰻を焼く匂いだけで飯が一杯喰える」と言う人がいるが、匂いだけでは、これ以上ないっていうくらい欲求不満に陥ってしまう。

鰻重 じつは私、毎日でも「うな重」「うな丼」が食べたい。世の中にこんな旨いものがあるかしら。と思えるくらい大好き。そのうえ、どういう訳か、鰻を食べると、その日一日、精神的に落ち着く。ユッタリとした気分になり、とても優しい気持ちになるから不思議だ。きっとウナギに含まれるナニかの成分が、そうさせるのかもしれない。嘘か誠か試してみたい人は、ぜひ、私に「うな重の松」をご馳走してみてくれませんか。

 生まれて初めて鰻を食べたのは大学生になってから。子供の頃、我が家では大人の食べるものであって、子供の口には入らないものと決まっていた。初めて食べたのは小さな蒲焼が一切れだけ乗った500円の「うな丼」。40年も前のことだが、あの当時でさえ格安だったこと、汚れた雰囲気の店だったことは忘れない。

 ただ、味を覚えたのが名古屋という土地柄のせいか、蒸さずに焼く関西風に慣れてしまい、道内では名店と名高い店でも、どうにも皮も身も柔らかく感じてしまう。しかし、私の中の日本人としてのDNAが、あの濃厚なタレの味を求め、焦げたタレの匂いに誘惑され続けている。

 あー、まさにあの匂いは犯罪だあ。

 こんな古い作家ばかりで、今の人にはわからないだろうなぁ。

オリジナル(ZENA)
 湯上がりの濡れた肢体をそっとおくと、彼女の足のウラから秘部にかけて甘い戦慄がかけぬけた。

川端 康成
 風呂場の檜の戸を開けると脱衣所であった。部屋が湯気で白くなった。夜の帳に鳴く梟の声が止まった。向う側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。雪の冷気が流れこんだ。もうそんな寒さかと島村は外を眺めながら、床に敷かれた毛氈の上へ足を一歩踏み出すと、寒々とした感触が闇に呑まれた。

横溝 正史
 金田一耕助のすすめで、私がこれから記述しようとするこの恐ろしい物語は、昭和十*年*月*日、浴室の扉が開いたところから始まった。事件の舞台となったこの村には湯*温泉という名で知られる湯治場があり、保養客を集めるのがこの辺りの村々の主ななりわいの道であった。浴室の扉が開けられたのは、夜八時ごろのことだった。私は、緋色の毛氈が敷きつめられている脱衣所に足を下ろした途端、つめたい戦慄が背筋をつらぬいて走るのを禁じえなかった。おお、それがこのまがまがしい事件の発端になろうとは、まだだれも気がついていなかったのである。

星 新一
 バスルームの扉を開けると、そこは脱衣所の筈だった。しかし、エヌ氏が、そこに見たものは、おどろいたことに宇宙空間のひずみの中にフワフワとただよう緑色のバスマットだった。エヌ氏は一歩その上に足を乗り出す。異次元へ吸い込まれるような感触が体の中心部へかけて走った。

五木 寛之
 金髪の娘がドアを開けて、浴室から出ようとした。充分に熟れた彼女の胸が、ジュンの目の前にあった。まっ白な肌と、甘酸っぱい匂い。ジュンが手をかして濃い葡萄酒色のバスマットの上へ立たせる。「スパシーボ」と、彼女が囁く。額に深くかぶさった金色の前髪の下から、ライラックの花のような素晴らしい色の目がうるんだようにのぞいている。ジュンが外を眺めると、白夜の季節を過ぎた空は黒くビロードのようで、温泉の浴場らしい赤煉瓦の建物が山裾に散らばっていた。(あの山の向うにモスクワがある)と、ジュンは思った。

川上 宗薫
 浮気してやろうか、と長江は思った。そして浴室のドアを開けた。長江がバスマットの上に足を下ろすと、目の前に若い女が坐っていた。長江は彼女を憶えている。そのチロチロとした感触を左手の指が憶えていた。裸になれば、見事な胸を持っているらしいことが、長江にはわかっていた。彼女は絶頂の感覚を知っているに違いない。こんな女を腕の中で抱きしめれば、さぞ抱き心地がいいだろうと想像を廻らしていると、女は立ってガラス窓を開けた。窓に手をかけるために爪先でのびあがったので、ミニスカートから豊なふとももが食み出して、長江の欲望を湧きたたせる。窓から雪が吹き込んだ。急な冷気のために鼻腔の奥が痒い感じを起こし、長江はクサメをこらえた。こんな時、彼の官能はきまって刺激されるのだった。長江は女のスカートに手を差し入れようとした。女の体がピクッとなった。そして「いや」といったが、女も昂ぶっていることを、長江は見てとっていた。

宇野 鴻一郎
 お風呂からあがったら、とっても気持ちよかったんです。あたし、エロチックな気持ちになってしまった。これは内緒なんだけど、お風呂に入るたんびに感じちゃうみたい。お風呂がいけないんです。お風呂に入ると、あたしいけないことを連想しちゃうんです。ああ、だれか逞しい男が入ってきてほしいなんて思ったりして。ドアをあけて、ピンクのバスマットに足をのせると、その柔らかい感触があたしの指先にからんだからだけど、ピクンと感じちゃったんです。もう立っていられなくて、その場にしゃがみこんじゃったんです。

 新年明けましておめでとうございます。年が明け、飲んで喰って居眠りして、ダラダラと過ごしています。テレビを眺めながらも知らず知らずに夢の世界に吸い込まれてしまいます。

 前から不思議に思っていることがあります。マラソンの中継を観ていて思うのですが、競技場で観戦している人はスタートからゴールまでの時間をどのように過ごしているのでしょうか?もっとわからないのは、宝くじの抽選会場で観客として座っている人。なにかご利益でもあるのでしょうか?

 と、ハズレた宝くじを眺めながら考えている正月呆けの私です。本年もどうぞよろしくお願いします。


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