子供の頃から、我が家で一番のご馳走といえば「釣りキンキを蒸したもの」だった。大きな皿に1匹丸まんまを乗せ、蒸し器で蒸しただけのもの。これが一人に1匹づつあたるのだから、なんとも贅沢な気分にさせてくれる料理だ。なんたって「釣りキンキ」。今、買うと大きなもので1匹5千円は下らないだろうが、昔でも安くはなかったろう。だからこそ「今夜は蒸しキンキ!」とオフクロが言うと「おーっ!」と歓声が上がったものだ。
この「蒸しキンキ」にソースをかけて食べるのが、我が家の慣わし。大人はウスターソース、子供はトンカツソース。これが「なんとも言えんくらい旨い!」
我が家自慢のご馳走ということで、あるところでこの話をした。ところがなんと皆、引いてしまい、「えーっ!」という反応。「なんで、蒸しキンキにソースなのよ」、「キンキを蒸したら醤油だろうが」とか「ポン酢だよ」と馬鹿にされる始末。そこで、「馬鹿言え、あんな旨いもんないぞ。なんていうか、まるで卵の黄身のように濃厚でマッタリちゅうか、サッパリちゅうか、何とも言えん味がするんだ」と反論したが、悔しいことに「じゃあ、卵食べればイイっしょ」と言われてしまった。
ずうっと子供の頃から、我が家のご馳走だと何の迷いもなく信じていた私にとって、これほど大きなショックはなかった。それ以来、もうこの話は人前ですることもなく何年か経ったある日、「卵を食べれば...」と、ほざいたニックキ男が、私に1枚の新聞の切抜きをくれた。「あれ、あのときのキンキの話、新聞に載ってたよ」
そこには、「網走地方ではキンキをお湯で煮て「湯煮」という。ウスターソースをかけて食べるのが漁師風」と載ってるではないか。
えーっ、我が家のご馳走は「一般人が口にできない漁師料理だったのだ」と鼻高々。 汚名返上。名誉挽回。最高裁で逆転勝訴。無罪放免。っていうくらいの嬉しさ。嬉しいことがあると、誰かに話したくなる私。当時、FMラジオのDJだったこともあり、公共の電波を使って番組の中で披露してしまった。その反響は、仲間との酒の席での話とは比べようもならないくらいのブーイング。「アンタの舌はヘンだ」「気持ち悪い」「お前の食生活に疑問を感じる」などなど。
その後、ある場所でこのイキサツが話題になり、「まっ、いろんな人いるよ。私の知り合いで焼き茄子にソースをかけて食べる人もいるくらいだもの。焼き茄子には生姜醤油だよね」という私に、「そうなの?俺は、焼き茄子にはコショーだけど...」という人に出会った。
人それぞれなんだなあ。