矢野沢林道入り口

 山荘への脇道を曲がらず直進すると100m程で「矢野沢林道入り口」、ちょうど山荘の裏手にあたる。厳重なゲートに閉ざされていて一般車両は通行できない。この先は国有林なので造林・伐採などの林内作業をする業者が通行するのだが、林道は延々と最長25kmも続くらしい。

矢野沢林道入り口

矢野沢林道入り口 矢野沢林道入り口

矢野沢林道入り口 矢野沢林道入り口

 このゲートを越えてすぐ二股に分かれる。まっすぐ進む本線林道と右に曲がる支線林道。この支線林道は丸山山頂への登山ルート。麓まで緩やかな上りを歩き、東側の尾根裾から急勾配の斜面を登る。この入り口から2時間もかからず登頂できるらしい。「丸山ピラミッド」の頂上岩塔からの見晴らしは野花南ダム湖(丸山ダム湖)を眼下に見下ろし、遠くに芦別岳や崕山を含む夕張山地が眺望できる絶景が広がるとのこと。いつか機会があれば制覇をと夢見ているが、熊との遭遇が怖い。だからといって熊が冬眠する頃は寒いしなあ。

矢野沢林道入り口

矢野沢林道本線支線二股 矢野沢林道支線入り口

 国土地理院の地形図に林道入り口からの登山路を書き込んでみた。それにしても等高線をみると、丸山は見事に完璧な「三角錐のピラミッド」であることがわかる。

矢野沢支線林道経由丸山山頂

野花南丸山遠景

旭岳の日本一早い紅葉

 テレビによると、旭岳の紅葉見頃は9月15日から。毎年恒例の年に1度の登山、日本一早く訪れる紅葉を眺めに旭岳ロープウェイまでドライブ。ロープウェイの眼下に広がる紅葉。真っ盛りとはいえないが、平地に比べるとかなり進んでいる。いつもの散策コースを登り、気に入った場所で景色や花畑を撮影しながらのダラダラ歩き。スマホの温度計によると気温12℃だが、岩場の遊歩道を歩いていると汗が出てくる。登り始めてすぐに膝が痛いからと途中で引き返した家内は、ロープウェイ乗り場で寒くて震えていたらしい。

旭岳ロープウェイから眺める紅葉

旭岳ロープウェイから眺める紅葉

 散策コースに広がる赤い絨毯は、チングルマの紅葉。紅く染まった葉に囲まれる枯れた花は、まるで羽毛のような姿。もっとフワフワで綿の実のように見えるのは、ミヤマアキノキリンソウの花が枯れたもの。この時期唯一碧色を主張しているのは、エゾオヤマリンドウの花。

旭岳チングルマの紅葉 旭岳チングルマの紅葉

チングルマの枯れた花

旭岳チングルマの紅葉とミヤマアキノキリンソウの綿毛 旭岳エゾオヤマリンドウ

 文字通り旭岳の雄々しい姿を映し出す姿見の池。噴気孔に近づくと、活火山であることを念押すように激しい勢いで蒸気を噴き上げている。

姿見の池

 旭岳ダイセツタカネフキバッタの恋の季節

 遊歩道の岩場で「カムイミンタラで恋するバッタ」を見つけた。調べたところ、小さくて脇腹に黒い線があるのがオス、メスには線がないダイセツタカネフキバッタ。近年、大雪山で発見された氷河期の生き残りで成虫になっても羽を持たないらしい。大雪山と斜里岳、知床連山にのみ生息するとのこと。どうせなら、硬く冷たい岩の上でなく、真っ赤なチングルマの柔らかなシーツの上でなさったほうがイイのではと思うのだが、余計なお世話か。

関連:カムイミンタラの秋

lala la lavande

 「彩香の里」佐々木ファーム入場無料。有料でラベンダー摘みができるというので出掛けた。内地の気温38℃に比べて10℃以上も低いのだが、毛皮をまとったララにはよほど暑さが堪えるのだろう。たえず舌を出して、ハァハァと体温調節。ララにとってはラベンダーどころではないようだ。

ララとラベンダー

ララとラベンダー

ラベンダー

白いラベンダー

カムイミンタラの秋

 日本一広大な国立公園である大雪山国立公園は神奈川県とほぼ同じ面積。表大雪・北大雪・東大雪・十勝岳連峰からなる。狭義には大雪山は旭岳連峰のことをいい、旭岳や北鎮岳、白雲岳や黒岳など多くの山々からなる。アイヌ語で大雪山は「カムイミンタラ」、意味は「神々の遊ぶ庭」。ここでいう神々はヒグマのことであるとも言われている。

 そのカムイミンタラ旭岳山頂に平年より4日遅く初冠雪というニュースを見て、日本一早い紅葉を愛でにドライブ。「姿見駅」までロープウェーで上り、散策ルートを登山。本格的には、姿見駅から姿見の池を経て旭岳山頂を目指し、そこから熊ヶ岳、間宮岳、中岳分岐、中岳温泉、裾合平分岐を経て姿見駅まで戻る1周7時間コースというのもあるが、山男でない私には縁のないルート。散歩コースを1時間ほど歩くのだが、それでもキツイ。ゴツゴツした岩場の遊歩道を比較的ナダラカな道を登り始め、急な坂道を下ってくるのが一般的。もともとキツイのはイヤな上に、特に後半キツイのはもっとイヤな私は逆コースを歩く。

 多くの人が降りてくるのに逆らって、なんたって急な上りを行くので気温12℃でも汗が吹き出す。何度も立ち止まり、休憩を取りながら登る。まず目指すのは姿見の池。30分ほどかけて、たどり着くと眼前に迫る旭岳の迫力に圧倒される。9月29日に雪を被ったという頂上に雪は見えない。寒冷前線が北に帰ってしまったのだろう。

姿見の池から旭岳山頂を望む

旭岳の紅葉

旭岳の紅葉

旭岳の紅葉

姿見の池

コケモモ

裾合平

鏡の池

ワイルドだぜぇ

 私の仕事場の裏と隣接地には広大な空き地が広がっていて、大きな窓から景色を眺めながら働いている。全く手を加えていないにもかかわらず春にはスイセン、この時期にはルピナスやマーガレットの花で季節を楽しませてくれる。

 ただ眺める分にはイイのだが、雑草が生い茂るなかに、毎年増え続けるアメリカオニアザミが人の進入を阻んでいる。ヨーロッパ原産なのに何故かアメリカと名付けられた1メートル以上に育つこの草には、薄紫色の花の根元にある球状の苞(ほう)や葉っぱや茎に危険としか云いようのないトゲがイッパイ。分厚い手袋でも防ぎきれないこのトゲの姿は、まさに凶器そのもの。

 山荘では草を刈るのが趣味の私だが、ここの草を刈りたいと思わないのは、自然のままの景観を楽しむためもあるが、人の手を加えなければ、どこまで強い品種が増え続けるのかを見届けたいというのもある。ひょっとしてアメリカオニアザミだらけになったら、かなりワイルドだぜぇ。

 

 通用口の階段で羽化を待つミノムシ。自然がイッパイなのは、わかるけどイッタイどんなところで働いてるのかって? ここは、決して野戦病院じゃないから...

後世に名を残す

 季節はずれの大雪に、すっかり後戻りした春。山荘へ出掛けたが、案の定雪深く足を踏み入れること叶わず、滝里記念公園へ向かう。内地では桜咲く頃、この地に雪を降らせたイタズラな神様も少しは申し訳なく思し召したのか。桜の木に雪の花を咲かせてくれた。

 ゆっくり眺めようと、クルマを降りると木の下に古びた石碑が建っている。今まで全く気づかずに通り過ぎていたが「総理府技官故山本義夫君殉職の碑」と書かれている。帰宅してから、いつどのような事故だったのか検索したがインターネットでは見つからなかった。古びた碑の風化具合からすると、かなり昔の出来事なのだろう。碑には総理府と書かれている。内閣府に改められたのは平成13年。昭和54年にダムが計画され完成が平成11年だから、その間の出来事に違いない。碑の建立と同時に植えられたであろう桜の木に寄り添うように立つ姿に、後世に名を残すと云うことの意味を考えさせられた。

 

 桜並木のように延々と連なる雪の花満開の並木道。

ダムに沈んだ滝里

 

 野花南から富良野へ向かう途中に滝里ダムがあり、滝里湖に沿って国道38号線が走る。昭和54年から20年かけて平成11年11月11日に完成したダム湖の底には肥沃な土地の滝里が沈んでいる。土地が肥沃なだけでなく美しい農村地帯だった。ダムに沈む前の滝里は「北の国から'89帰郷」で、勇次の故郷という設定。蛍と勇次が歩くシーンに美しく描かれている。(以下、水没前の風景)↓

 

 田舎に帰ってすぐの頃、小中学校の歯科検診や無歯科医地区巡回診療でこの地に足を運んだのは遠い記憶になってしまった。現在、ダム周辺にある資料館やオートキャンプ場などには足を向けないが、ダム下の下流公園で娘達とよく散歩する。(現在の風景)↓

空知という名の由来

 滝里ダムの下流にある「空知大滝」。ダムができてから水量が減り大滝とは名ばかりになってしまったが、アイヌ語で「ソーラップチ」と呼ばれ「空知」の語源となった滝。松浦武四郎の「石狩日誌」に紀行文とスケッチが残されている。

 左の写真は現在の様子。右はダムができる以前の滝の様子。

空知大滝 空知大滝

 この他、「三段滝」「夫婦滝」「月見沢の無名の滝」があるが、どの滝に行くにも熊出没注意。

三段滝 月見沢の無名滝

夫婦滝

入道雲

入道雲 ずうっとパソコンの前に座っていると、アタマがクラクラしてくるので愛娘メイとララを連れて散歩に出た。今日は少し遠出して滝里ダムの下にあるヘリポートに隣接する公園へ。学校のグランドの10倍はあろうかという広い草むらを娘達は喜んで駆け回る。散策路を歩いて汗をかき、少しはアタマがスッキリしてきた。

 帰り道、空には入道雲。子供の頃から空を見上げるが好きだった。特に雲のカタチを見てイロイロ想像するのが好きだった。なかでも入道雲を見ると心が浮き立ってくる。そういえば最近、意識して雲を眺めることが少なくなったなあと気づいた。きっと周りの人間関係にばかり目線がいってるんだろうな。もう少しユッタリ生きなきゃなあと思ったら、アタマだけじゃなくココロも洗われる心地よい散歩になった。

 でもなあ、現実にはヤルことが多すぎて・・・

大自然のスケール

 衆議院の解散で話題が影に隠れてしまったようだが、今日、沖縄の方で皆既日食が観察できる。日本では46年前の北海道で見られたそうだが、当時13才の私には記憶がない。それもそのはず、1963年7月の皆既日食は朝方の4時過ぎのこと。そんな早起きしてまで観察はしなかったと思う。

 しかし8才だった1958年4月の日食は、今でも鮮明に覚えている。ロウソクでガラスを炙りススで黒くするとき指先にヤケドをした記憶もある。昼間の1時過ぎだったこともあり、ガラスで覗くまでもなく、それまで日中の明るさだった周りが見る間に薄暗くなり、また明るくなっていくのを異様な世界に感じていた。皆既でも金環でもなかったが、絵にするとこんな感じだったような気が・・・



 自然の驚異で想い出すのは、これだけではない。やはり子供の頃、台風の目に遭遇したことがある。雨風が吹き荒れていたが、少しづつ天気が良くなり青い空が広がりはじめたので外に出た。まったく無風で生温かい空気を感じながら真っ青な空を見上げていたことを覚えている。結構長い時間だったように思うので、よほど大きな目だったのだろう。そのあと襲ってきた暴風雨の中、家でジッとしながら「さっきのは何だったんだろう」と不思議な感覚を味わった。

 ただの自然現象ではあるが、そのスケールの大きさゆえに人間は感動するのだろう。そう思うと、政権がドッチだアッチだなんてことは、霞んでしまうほどの小さなことのように思えてくる・・・

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