ブルカミアの顛末

第1弾:「ブルカミア」
第2弾:「ブルカミアのその後」
第3弾:「ブルカミアの顛末」

 2年間水替え不要「ブルカミア」が、いよいよダメになった(詳しくは、以前の記事参照)。水槽の底に敷いてある茶色の砂がブルカミア。

 最初のブルカミアが失敗したので、2度目は底面フィルターをシリコンで完璧にコーキング。大丈夫と思っていたが、やはりどこからかブルカミアの細かい砂が水中ポンプに入り込んだらしく、モーターが回らなくなる。そこで水中ポンプを停め、水が濁るのを覚悟で上から息を吹き込みツマリをなくすのだが、しばらくするとまたツマル。この繰り返しに業を煮やしブルカミアのシステムを止めてしまった。

 しかし、順調に機能しているときのブルカミア水槽は、格段に透明度が高い。下は現在の状態だが、上の水槽とは歴然の差だ。「キレイな水」と「手間隙」をハカリにかけるとズボラな私としては、ブルカミアをアキラメざるを得ない。そこでブルカミアの砂をすべて撤去した。

 結局、8kgのブルカミアを2回も買ったので水槽から取り除くと結構な量になる。捨てるのはモッタイナイということで、ベランダ栽培のミニトマトの土にした。天候が悪くなかなか色づかないが、本来ならどんな土よりも適してるはず。味はどうなのだろう。きっと甘くて旨い実がなるに違いない。なんたって金魚の糞が肥やしなんだから...

 

docomoの陰謀

 最初に携帯電話を持ったのは、docomoの「ムーバ」。何の支障もなく4年くらい使っていたが、機種を新しくするために買い換えた。時はすでに「フォーマ」の時代。ところが、このフォーマ、しばらく使ったが電波の状態が非常に悪い。いくら田舎だとはいえ自宅にいても場所によっては繋がらない。ひどいときには家の外へ出て話をするなんてこともあり、2年前にガマンしきれずauに替えた。

 auショップで手続きをするとき、従来と同じ番号にするための手順として、その場からdocomoのナントカセンターに電話をした。そこで聞かれたのがdocomoをヤメル理由。「家の中でも電波が繋がらないため」と正直に答えたら、「申し訳ありませんでした。今後改善していきます」との返事。オペレーターとしては100点満点の受け応えだ。それから2年間、何の問題もなくauは快適に繋がっていた。

 2ヶ月前、連盟から「選挙に使うから」という理由で、新しいdocomoの携帯を持たされた。2つも携帯を持つというのは、カサバッテしょうがないがヤムナク公私を使い分けている。ところが最近、auが繋がらなくなってきた。それまでトラブルもなく電波をキャッチしていたのに、今では家の中でもトキドキ繋がらない。特に院長室では常に「圏外」表示。一方、docomoは、まったく問題なく快適に繋がっている。どういうことだろう。

 「家の中でも繋がらない」という私の言葉がキッカケでdocomoが新しいアンテナを立てたのか、電波を強くしたのかもしれないが、おかげでauの電波を邪魔してるのかなあ。これって一種の電波障害?私はイッタイどうしたらいいのだろう。今更、docomoに替えるとauのポイントが消えてしまうので悩むところだ。いっそのこと今度はソフトバンクにしようかしら。

 というわけで、私の携帯に電話をしても繋がらないアナタ、決して着信拒否してる訳じゃないですからねぇ

フジュンな毎日

 フジュンだあ。ドウキでもセイリでもない。天候のこと。このところの雨続きでトマトが赤くならないとファーマーな私は嘆いている。忙しさにかまけて山仕事をサボっているので、せめてベランダのトマトだけでも手入れしようと思うのだが、なかなか収穫できない。それもそのはず、日照時間は平年の半分だそうだ。

 トムラウシ山では凍死、道央・道南では大雨のため高速道路で土砂崩れ、行楽や農作物にも影響が出ている。例年7月といえば晴れの日が多いのだが、梅雨前線の影響だなんて「梅雨のない北海道に住んでること」だけが自慢の私としては困ったことだし、何より散歩に出られない二人の娘はストレスが溜まって家の中でワルサばかりしている。

 これも地球温暖化の影響なのだろうか。温暖化という割には寒い日が続いている。気温が低いせいかビールが今ひとつ旨くない。旨くないといいながら毎日呑んでいるのだが、ビール業界では気温が1度上がると消費量が大ビンで百万本も増えるという試算があるらしい。この寒さではビール業界も大打撃だろうな。

 そんな中、キリンとサントリーが統合されるらしい。世界最大の飲料メーカーが誕生するという。統合したら、どんな名前になるんだろう。「キリントリー」かな「サントリン」かな・・・

私は詩人

 自分の名前を [google] で検索してみる。なんと60件も引っかかった。よくよく見ると同姓同名の人もいるが、それぞれに頑張っている人たちだ。本を出版している有名な薬剤師さんだったり、国体のバスケットボールの選手だったり。私の場合、所属している団体の名簿に名前が記されていたり、どこかで発言したことが記されていることが多い。

 ネットの世界だとしても、公に自分の名前が誰からでも見えてしまうというのは面映ゆい気持ちになる。有名人になった気分とはいわないが、今の世の中、世間から隠れて生きるということはできないようだ。よく、有名人にはプライバシーがないといわれる。離婚会見であったり結婚会見であったり、「なんでアンナことがテレビに流れるんだよ」という想いで眺めているが、マスコミにかかると個人のプライバシーは無きに等しい。

 土をいじりながら、田舎で静かに暮らしたいと思っている。社会から隔離されて生きていたいと願っても人は、必ず誰かと関係を持たなければ生きてはいけない。昔、吉田拓郎の唄にあったが「自由になるって寂しいんだ」という意味が少しづつわかってきたような気がする。ときにはJAZZも聴くしcountryも聴く。でも、歌詞がシミジミと沁みてくるのは、やはり拓郎だ。

「どうしてこんなに悲しいんだろう」作詞・作曲 吉田拓郎

 悲しいだろう みんな同じさ 同じ夜をむかえてる
 風の中を一人歩けば 枯葉が肩でささやくよ

 どうしてだろう このむなしさは 誰かに逢えばしずまるかい
 こうして空を見あげていると 生きてることさえむなしいよ

 これが自由というものかしら 自由になると淋しいのかい
 やっと一人になれたからって 涙が出たんじゃ困るのさ

 やっぱり僕は人にもまれて 皆の中で生きるのさ
 人の心は暖かいのさ 明日はもう一度ふれたいな

 一人ごとです気にとめないで ときにはこんなに思うけ
 明日になると いつもの様に 心を閉ざしている僕さ

 山荘から刈ってきたバラを玄関に飾った。花を飾ると心が豊かになる。私の心のどの部分を刺激するのだろう。自分がスジを通して一生懸命になればなるほど、相手の不手際が目についてくる。素直に受け入れてくれる大きな心を求めているのだが、世の中そんなに甘くはないようだ。だとしたら、一生懸命になることをヤメればイイのにと思うのだが、それほど器用にはなれない。自分のことだが本当に困ったもんだ。そんなとき、私は「詩人」になる。

 なんか、言ってることが支離滅裂だなあ。やっぱり詩人だあ。

これぞ本物グミ味のグミ

夏グミ 夏グミ

 [ 密造酒 ]という記事でも書いたが、野花南は今がグミの実の盛り。採っても採っても採りきれない程、たわわになっている。グミ酒は仕込んでしまったし、あとはジャムづくり。最近では「コンフィチュール」なんてカッコよくフランス語で呼ぶが、要は砂糖で煮るだけ。しかし、それでは芸がないのでヤッテみましたあ「グミ味のグミ」。あの噛むとクチャクチャするゴムみたいな奴。昔、子供が食べていたのをツマんだことがあるが、二度と食べたいと思ったことはない。しかし、せっかく大量のグミの実があるのだからと「グミ味のグミ」作りに挑戦。

 今の世の中、インターネットで調べりゃ何でも載っている。手作りグミのページを探しレシピ通りにやってみた。要はゼラチンと砂糖と果汁を混ぜて湯煎にかけ冷蔵庫で冷やすだけ。これがなんと、食感は昔ツマんだグミそのもの。味は当然ながらグミそのもの。やりましたねぇ「グミ味のグミ」。あとは、カタチをキレイなグミの果実型にすることと透明なジュースを搾ることを考えたら商品になるかも。なんたって、イッサイ混ぜものなしの自然食品ですから。でも、要冷蔵。

 野花南ブランド「グミ味のグミ」がネット販売される日は遠くないかも。これで、私もタナカヨシタケよ。

グミ味のグミ

大自然のスケール

 衆議院の解散で話題が影に隠れてしまったようだが、今日、沖縄の方で皆既日食が観察できる。日本では46年前の北海道で見られたそうだが、当時13才の私には記憶がない。それもそのはず、1963年7月の皆既日食は朝方の4時過ぎのこと。そんな早起きしてまで観察はしなかったと思う。

 しかし8才だった1958年4月の日食は、今でも鮮明に覚えている。ロウソクでガラスを炙りススで黒くするとき指先にヤケドをした記憶もある。昼間の1時過ぎだったこともあり、ガラスで覗くまでもなく、それまで日中の明るさだった周りが見る間に薄暗くなり、また明るくなっていくのを異様な世界に感じていた。皆既でも金環でもなかったが、絵にするとこんな感じだったような気が・・・

 自然の驚異で想い出すのは、これだけではない。やはり子供の頃、台風の目に遭遇したことがある。雨風が吹き荒れていたが、少しづつ天気が良くなり青い空が広がりはじめたので外に出た。まったく無風で生温かい空気を感じながら真っ青な空を見上げていたことを覚えている。結構長い時間だったように思うので、よほど大きな目だったのだろう。そのあと襲ってきた暴風雨の中、家でジッとしながら「さっきのは何だったんだろう」と不思議な感覚を味わった。

 ただの自然現象ではあるが、そのスケールの大きさゆえに人間は感動するのだろう。そう思うと、政権がドッチだアッチだなんてことは、霞んでしまうほどの小さなことのように思えてくる・・・

二度と喰わないワンコソバ

 花巻空港から盛岡市内に入った私たち一行は「直利庵」へ直行。空港から乗ったタクシーの運転手さんの話によると、わんこそば10杯で普通のかけそば1杯分とのこと。かけそば1杯5百円だから、予約したコース3千円分の元をとるには最低でも60杯は食べなきゃいけないらしい。「何事も初体験は気持ちイイ」というのが座右の銘の私にとっては期待に胸膨らみドキドキ。

 生まれて初めての「わんこそば」は、想像とは少し違っていた。目の前に空いたお椀を積んでいくのかと思っていたが、食べた分だけマッチ棒を並べて記録しなさいと言われた。モノを喰いながらマッチ棒を並べるなんて落ち着かないし行儀が悪い。そこで向かいの人に合わせて食べていけば自分で数えなくてもイイヤと食べ始めた。「ジャンジャン」とのかけ声とともに投げ込まれる蕎麦は冷たいのかと思ったらナマヌルク、これが意外とマズイ。

 隣のS監事とその向かいのN常務は、最初から知っていたらしく「鴨せいろ」と「大ざる」を食べている。それを横目に見ながら失敗したなあと思いつつ、注がれるままにお椀を空けたが20杯くらいでもう飽きてきた。誰がお金を払うのかしれないが、ご馳走になっている以上文句も言えずガマンして30杯は頂いたところでギブアップ。SとNは、セイロのオカワリまでして満足気。

 生まれて初めての「わんこそば」は、私の座右の銘の期待に応えることなく終わってしまった。たぶん、残された人生の中で2度と出逢うことはないだろう。皆で「ご馳走様」して帰ろうとすると「一人3千円」とH課長が集めはじめた。「エー、自分で金払うのかよ。それじゃ3千円払ってでも途中で止めて、他のメニューを追加して喰やよかったなあ」と思ってみてもアトノマツリ。

 夜、二次会で行った店のママさんに、その話をしたら「地元の人はアンナもの食べませんよ」と言われてしまった。そうだろうなあ...

山荘はツルバラの季節

 ダニも少なくなるこの季節、メイとララが走り回る野花南山荘。

ボーダーコリー ボーダーコリー

 これから、ツルバラの花の季節。

つるばら

密造酒懲役10年罰金100万

 野花南ではグミが熟してきた。今のところ熊が下りてこないところをみると山の中でも豊作のようだ。赤く熟した実を摘んでグミ酒にした。

夏グミ 夏グミ

夏グミ グミ酒

 このように果実をお酒に漬けたものは一般的に果実酒と呼ばれるが、酒税法では家庭で「ホワイトリカー」などに漬けたものはリキュールと呼ぶ。酒税法でいう果実酒とはワイン等であり、家庭で造る「いわゆる果実酒」とは違う。酒税法は法律なので、いろいろな決まりがあり違反すると罰金刑・懲役刑となる。ちなみに10年以下の懲役又は100万円以下の罰金が課せられる。

 甲類焼酎には20度・25度・35度がある。通常、家庭で果実酒を造る場合、35度を使う。これは、アルコール度数が高いと果実の成分抽出が早くなることとカビの発生をおさえるため(果実から出た水分でアルコール度数が低くなる)だが、理由はこれだけではない。

 家庭で造る場合であっても20度以上の酒類でなければ果実を入れてリキュールを作ってはいけないと酒税法に定められている。低い度数で作った場合、自然にアルコール発酵が進み自宅でお酒を醸造したことになるからだ。20度以上あれば酵母が活動しないためアルコールを自家製造することにはならない。要するに既存の強いお酒に何かを混ぜるのはイイが、自分でアルコール醸造するのはダメということ。

 例えば、20度に満たない日本酒などに果実や果汁を漬けたら罰金・懲役が待っている。このため梅酒用の日本酒として20度以上のものが用意されている。ちなみに20度以下のお酒でも果汁を混ぜるとカクテルになるが、これはOK。カクテルは飲む直前に混ぜるので違法にならないが、造り置きした場合は「みなし製造」となり違法となる。

ブドウジュース 意外と知られてないが、自宅でブドウやヤマブドウを焼酎などに漬けることも禁止されている。他に穀類(米・麦・あわ・とうもろこし・こうりゃん・きび・ひえ・でんぷん又はこれらのこうじ)も同じで、自分で呑むためであっても罰金・懲役の対象となる。

 実は私、搾ったままのブドウ果汁を密閉ビンに入れたまま何年も放置してある。昔々、野花南でブドウを栽培していた頃、余ったブドウをもてあまし、ジュースを搾りコルク栓のビンに保存したところ、なんと微発泡のロゼワインになっていたことがある。これに味をシメタ私は同じように2~3本瓶詰めし何年も置いていた。いつだったか特別な日に1本の封を切ったのだが、これが、ただの甘いブドウジュース。コルクじゃなく全く呼吸のできない密閉フタにしたのが原因のようだ。おかげで血糖値が上がった。それでも密造酒醸造で逮捕されるよりましか。

高血糖は気候のせい

 北海道のほぼ中央に位置する私の田舎は「大陸性気候」のため、朝昼晩の寒暖の差が激しい。日中と夜の気温差が大きいため、作物の糖度が上がる。昼間ジリジリ照りつける太陽と夜の冷えて澄んだ空気。この「寒暖の差」で、果物は夜、呼吸をとめ糖度をグッと貯える。

 朝晩は涼しく昼間は暑い。この気候が人間にも影響しないわけはない。毎日毎日暖められて冷やされて、私の体内でも糖度が上がり、最近血糖値が高くなったようだ。そうかこれは、食べ過ぎとか呑みすぎとかの問題ではなく気候のせいだったのか。

 なーんだ、そうなのか。カロリー制限なんて気にしなくてよかったんだあ。と言いつつ今日も過食する。こりゃダメだわ...。

ノイバラ

 この時期、野薔薇(ノイバラ)が咲き始める。山のアチコチでシブトク蔓を伸ばして成長する。棘が多いので歩いているとよく引っかかり、服を通して刺さるので結構痛い。刈っても刈っても生えてくる。園芸用というより雑草のたぐいだ。万葉の時代には、茨(うばら/うまら)と呼ばれ、詠われている。

 「道の辺の茨のうれに延ほ豆のからまる君をはかれか行かむ」

 (訳):道端の野薔薇の先に絡みつく豆のように、私に絡みつく君をおいて別れゆく・・・

 防人(さきもり)として選ばれた丈部鳥(はせつかべのとり)という人が、「行かないで」と絡みつく妻との別れを惜しんで詠んだ歌

 

ハクモクレンの実

 ハクモクレンは早春の頃、最初に花が咲きます。まったく葉が無く花だけで満開になり、花が落ちたあと葉が茂りはじめます。花の中央にあった細くゴツゴツしたモノが残って実になります。これが秋になると、何ともいえないグロテスクなカタチで赤く色づきます。あの白く大きな清楚なイメージの花からは想像もできない程、淫靡な雰囲気を醸し出す実になります。写真のモノは、まだ若い状態の実です。秋にその成長ぶりを紹介しますが、その変わり様にエッと驚かれるか、ニターッと笑みをこぼす人もいるかもしれません。

 

山荘散策中につき午後休診

 早めに仕事を抜けだし、野花南へ出掛けた。途中、田んぼで「鳩」を見つけた。と思ったら「鳩」じゃなく「サギ」だった。

 ジャガイモの花が満開。それにしても葉が茂り過ぎじゃないか・・・

 ルピナスの実は、いつ見ても旨そうだ。誰か食べ方を教えて・・・

 植えてすぐ鹿に喰われたトウキビだが、その後なんと復活。大きくなり始めた。この分だと秋には収穫できそう。

 キイチゴ、ラズベリーの仲間クロイチゴの実が色づきはじめた。最初は赤いが、熟すと黒くなる。キイチゴとは「木になる苺」。樹高3メートルくらいなのでハシゴをかけないと上の方の実が採れない。今日もいくつか食べてきたが甘ーくて旨い。冷凍保存したりシロップ漬けにする。ちなみにクロイチゴとブラックベリーは別モノ。

 

 中の池はコウホネに、下の池はウキクサに占領されてしまった。
 

息子の言うこと

 スポーツ選手には、晴れ晴れとしたイイ顔をしている人が多い。特にプロの場合はナオサラだ。ひとつのことに打ち込む一生懸命さが表情に現れるのかもしれない。それも、ただイイ顔というよりイケメンだ。先日、テレビでサッカーの試合を見ていた。私の偏見だが、どうもサッカー選手には他のスポーツに比べてイケメンが少ないように思える。その気持ちを素直に口に出したら、息子が応えた。「ヘディングのせいじゃないか」。そうか、それで顔が崩れてしまったのかと妙に納得してしまった。サッカー選手の皆さん、ゴメンナサイ。

 これまたテレビで「婚活」が話題になっていた。結婚できない男女の元凶は「コンビニの存在だ」と息子が言う。中途半端に生活が便利になり一人暮しでも食生活に困らなくなったことが原因だと言いたいらしい。なるほど「コンビニ」がなかったら、食事にかける時間は大幅に増えるだろうし、一人分を作るより二人分作る方が経済的だし効率がイイ。便利な世の中が社会の歪みを生むということも一理ある。

 たまたま昨夜、会議が長引き夕食をとれなかった私は帰り道、ドライブスルーで「クォーターパウンドチーズバーガー」という、とてつもなくデカイ、バーガーのセットを食べながら走ってきた。そのセットに付いてきたバッジを息子に「ヤルヨ」と言うと、世の中のメタボの原因は「マック」にあると言う。子供の頃に覚えた味がその人の味覚を形成するので、オフクロの味よりもハンバーガーが美味しいと思いながら育った世代は、一生カロリーの高いモノでなければ満足できなくなってしまうらしい。子供にマックを好きにさせるというのは日本マクドナルド創始者の藤田さんの戦略。私が食べたセットは、なんと軽く1000キロカロリーを超えているらしい。メタボの私には禁忌だ。もう2度とマックは食べれない。別に好きな訳じゃないからイイのだが。

 こんなふうに、ときどき納得させる話をする息子だが、仕事の話になるとお互いツッパッテしまうこともある。世代のギャップは埋められない。だから私は、ほとんど仕事をしない。と、働かない理由にしている。楽だぞお・・・


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