痛いネーミングきりち◎ぽ

 先週末、秋田へ行った折、ホテルの売店で「秋田名物きりたんぽ鍋セット」を土産に送り、本日届き早速、家内と二人で大宴会。旨かったあ。もうお腹いっぱい、お酒もきいてイイ心持ちですぅ。

きりちんぽ 秋田といえば「きりたんぽ」。ところが少し前に「秋田名物きりちんぽ」なるものがデビュー。いわゆる「まりもっこり」の二番煎じのようなもの。マスコット商品下部に小さく付いている突起が「きりちんぽ」部分で「エロかわいい」とのこと?

 製造元では携帯ストラップ用のグッズとして販売する予定だったが、あまりのネーミングに電話やメールで非難ごうごう。そのため販売中止になったそうです。

 まっ、当然といえば当然という気もしないではないが具体的には何がマズかったのかな?「ちんぽ」がいけなかったのか、それとも「きりちんぽ」の「ちんぽ」のカタチがいけなかったのか。いや、きっと痛そうな名前がマズかったんじゃないの。そりゃあ痛いよ、切られたら。

オイルサーディンは常備品

 最近、缶詰って食べなくなりました。きっと冷凍技術が発達したこと、それにもまして冷蔵庫が普及したことが原因なんでしょうか。やはり、生活が豊かになったせいなんでしょう。子供の頃、風邪で寝込んだときしか食べることができなかった「みかんの缶詰」「桃の缶詰」は、今、想い出してもごちそうでした。「さんまの蒲焼」「鮭タケ」「牛肉の大和煮」大好物でした。今でもスーパーに並んでいるところを見ると、結構売れているんですかね。なつかしいなと思っては見ても、それじゃ買って食べてみようという気にならないのは、どうしてなんでしょう。たぶん、あの頃ほどおいしく感じないだろうなと思えてしまう。贅沢になったのかもしれません。

 それでも「オイルサーディン」だけは常備している。これだけは欠かしたことがない。今は、缶きりのいらないプルトップですが、少し持ち上げオイルを流してフタをあけ、そのままコンロにかけ、ジュージューと脂が出るまで焼く。醤油をチョイと垂らして出来上がり。これがたまらなく合うんです。ビールに、ウィスキーに、日本酒に最高のつまみ!このつまみのために酒を呑むっていう感じ。ところが、同じオイル漬けでも「シーチキン」ではダメ。あのモサモサした感じを飲み下すために、しょうがなく酒を呑んでるみたいで。

 「オイルサーディン」と「アサヒプレミアム熟選」、これさえあれば云うことなしの晩餐なのです。

カンパリソーダに騙されて

 最近、ようやくカクテルの名前と実物が一致するようになってきた。というのも推理小説を読んでいるとカクテルの登場する場面が多く、傍らにカクテル事典という本を置いて、あぁこんなお酒なんだと写真を見ながら味を想像している。

 30年程前タイトルは忘れたが、あるアメリカ映画の中で、そりゃぁもうイイオンナが風呂上りにバスローブをまとい、もちろん金髪だぜ。くどいようだけど、そりゃぁもうイイオンナなんだ。そのイイオンナがトールグラスでピンク色の飲みものをクゥーッと飲むシーン。とってもオイシソウなんだな。しばらくしてそれが「カンパリソーダ」とわかり、早速、酒屋さんでカンパリとソーダを買ってきた。

 まず、おいしく飲むには映画のように風呂上がりでなければならないが、バスローブなんてハイカラなもんがない。しょうがなく腰にバスタオルを巻いて、憧れのカンパリソーダをブレンド。BGMにダイナ・ワシントンの「What a difference day made」。うーんイイ雰囲気だあ。期待に胸膨らませて、ひと口。

 ん?なんだ?マズイ!

 カンパリとソーダの割合を変えて何回もつくりなおしてみたが、私の口には合わなかった。だまされやすいんですよ。特にイイオンナがからんでいるときには。

喫煙者のいいわけ

 タバコ、けっこう吸います。吸いはじめて40年。ずうっとハイライトでした。今はけっこう珍しいくらいキツイやつ。なかなかヤメられません。まっ、ヤメようという気にならないというか、ただ意志がヨワイというか(認めたくない)。

 だから、タバコヤメタという奴に会うと、かならずイバッテこう言う。「俺はね、意志がツヨイの!一度吸いはじめたタバコ、カラダに悪いって言われたからって途中でヤメてしまうようなのは意志がヨワイの。なんと言われたって死ぬまで吸い続けてこそ意志がツヨイの!」 (一理ある?)

 そして、いまいち気にいらないのは「タバコヤメたんだって?エライなぁ!」って言うと決まって、こう応える奴。「いやぁヤメたんじゃないですよ。ただチョット休んでるだけですよ」 とケンソンする。お前ねぇ、ヤメたくてヤメたんだろ、なら最後までセキニンもってヤメろよな。また吸いたくなったときのこと考えて今から言い訳すんなよな。「ムカツク!」と思えてしまう本末転倒な私である。

 それでも10年前、入院することになったのを機会にヤメてみようかなぁーとアサハカにも思ってしまい。入院することを心配してくれた友人が「入院の日から、一緒にタバコヤメるよ」と、つきあって禁煙してくれた。

 あれからすでに10年、彼はいまだに禁煙を続けていて私は退院1週間後から吸い続けている。そして彼に怒られている。で、そのとき決まって、こう言い訳する。

 「お前さぁ、1ミリのタバコ吸ってたよな。それって禁煙しても1ミリ減っただけだよな。俺なんかさぁ、20ミリのハイライトを、3ミリのやつに変えたんだぜ。いっきょに17ミリも減らしたんだ。17と1、どっちがエライと思う?」

 あの時のあなたの気持ち、嬉しかったです。アリガトウ!私の命を賭けた試練の禁煙、再び吸いはじめるような意志のヨワサは見せないで。

正しい水割りの作り方

 お酒、あまりツヨクありません。好きですが、たくさんは飲めません。味が変わると、なんでもおいしく感じるので、いろいろ少しづつ嗜みます。ビールは、よく飲みます。最近はアサヒプレミアム熟選。つぎに日本酒。最近のはおいしすぎて困ります。ついつい飲みすぎます。他にラムやブランデー、たまにウィスキーも。でも普段は水で割りません。水で割るのは、お付き合いのときだけ。今まで水割り飲んでオイシイと思ったことがない。せっかく飲むなら「よりオイシク」がモットー。

 ときには、オイシイ水割りに当たることも稀にはありますが、きっと体調がイイのか悪いのか、はたまた傍らのオネエサンがイイのか。ただ、ウィスキーと水の割合でかなり味が変わります。

それでは、本題に入りましょう。
正しい水割りのつくり方

ウィスキーの量をX、水の量をYとします。水割りの定義ですが、水割りとは「ウィスキーを水で割ったもの」、または「ウィスキーに水を加えたもの」、または「ウィスキーに水をかけたもの」。このいずれも正解です。

そこで式にあらわすと
「ウィスキーを水で割ったもの」すなわちX÷Y
「ウィスキーに水を加えたもの」すなわちX+Y
「ウィスキーに水をかけたもの」すなわちX×Y
この三つはすべて同じものなので

X÷Y=X+Y=X×Yという方程式が成り立ちます。この方程式に |X|>0 かつ |Y|>0 という条件を与えて、解いてみてください。どうせ、そんなの面倒だと言われるでしょうから、答えを出しておきましょう。

a) X=0.5 , Y=1 となり、X : Y=1 : 2 の比で表されます。

 もうお分かりでしょう。正しい水割りとは、ウィスキー1に対して水が2。これが数学的に証明された正真正銘の正統派の水割りなのです。しかし必ず居るんです。難癖、えっ、いや疑問をぶつける奴が。

「水割りには氷が入っているじゃないか、氷はどうしたんだ?」と。お答えしましょう。氷をZとします。そうすると、先ほどの方程式はX÷Y+Z=X+Y+Z=X×Y+Zとなります。各項共通のZは、消去できますから、結局もとのX÷Y=X+Y=X×Yとなり答えは同じです。しょせん氷は解けてなくなる運命なのです。

 やっぱり、こんなこと考えながら水割り飲んでもオイシクないなと、オイシクない水割りを飲みながら今これを書いてます。

初雪の日は嬉しい

 子供の頃から、初雪の日には、とても嬉しい気持ちになります。もちろん今、この年になっても。

 季節の変わりめを肌で感じ、きっと、これから何かが変わる。そんな気持ちにさせてくれるからでしょうか。初桜、初落ち葉なんて言葉が、あったとしても季節の変わりめを感じるには、初雪の前ではとうてい色褪せてしまいます。きっと北国の住人でなければ理解できないのかもしれません。また、あの白く美しい別の世界が訪れる。

 どういうわけか、初雪の日には必ず嬉しいことがありました。学生時代、大好きだった親友が欲しくてたまらなかったフィアット800という車を買った日、いの一番に私のところへ見せにきてくれた日は初雪でした。

 高校生の頃、お小遣いを貯めて欲しかったレコードプレーヤーを手に入れ、荷物をかかえお店を出たときも初雪が降っていました。

 小学校2年のとき、オール5を取ったら買ってくれると約束していた自転車。やっと鉄道便で送られてきて木枠に梱包された自転車を駅まで受け取りにいった帰り道、薄暗い空から雪が舞っていました。鼻のあたまに汗をかいていたこと、言葉にならないくらい嬉しかったこと、どんより曇った空の色のことは今でもはっきり憶えています。

 小さな嬉しいことをあげると、きりはないけれど、初雪は嬉しいということを知っていた私は、ぜったいに雪虫に触れて殺すようなことはしない子供でした。

テレビ番組最大の不手際

 以前、テレビを観ていて、とてもクヤシカッタことがある。「もうこれ以上はナイッ!」っていうくらいのクヤシサ。文字で書くと

グヤジィー

 っていうぐらい。これでも、どれ程なのか伝わらないかもしれないが、人生の千分の一いや百分の一くらい足元から崩れ落ちてしまう程のショック。

 あるクイズ番組でした。特番で長時間もの。視聴者からの質問を何人かのゲスト解答者が答え、その中のどれかに正解があるってやつ。質問は、こうでした。「私は、本屋さんへいくと、必ずウンコをしたくなります。どうしてなのか教えてください」。これに対して、これから解答者が答えようという矢先にCM。私は、おもわず身をのり出してテレビに喰い入りました。というのは、何を隠そうこの私自身そうなのです。何がって? だから、本屋さんへ行くと必ずウンコがしたくなるんだって!

 最近は、トイレのある本屋さんが増えました。昔は数も少なく、本を選んでる最中、そういう状態になり大変。店を出て近くにどこか用を足せるところがあればいいんですが、そうでないときは駆け足状態。信号待ちのあいだは当然足踏み。「あなたは、リンゴをかじると歯ぐきからウンコが出ませんか?」というくらいの緊急事態に陥ることしばし。

 こんなのは自分だけだと思っていて、人に話せるような悩みでもなく (まっ、あまり悩んだこともないけど)、子供の頃から、ずうっと不思議に思っていた謎が今ようやく、ここに解きあかされようとしているのです。ところが、ところが、ところが、期待していたCMあけ何かが違うんだなあ。テレビの中では、別の問題の解答が流れていて「そか、そっか、さっきの答えはこの次にまわされたんだ」と、ちょっとガッカリしながら観ていると、なぜか問題の答えが全部わかってしまう。「あれぇ、これさっき観たんじゃない?」というデジャブー状態。

 ここで気がついた。番組は30分前にさかのぼって流されている。「なんじゃ、これ!」せっかく期待していた人生最大の謎の究明が、どこかへ行ってしまった。まっ、それでも、しばし待てば、またさっきの問題にたどり着くし、そうすりゃOKよ。と待つこと20分。ついにやってきました。例の質問!そしてCM(ん?あの時とまったく同じCM)。

 よし今度こそ!いよいよだあ!待ちに待ったCMあけたら

番組終了!

「ナニィー!」

 『ただいまの番組中、不手際がありましたことをお詫びします』のテロップ1行。

 私の人生最大の謎は

だれが解明してくれるんだあー?

 もう二度とテレビなんか観るもんか。そんときゃ、そう思ったんですがね。

クスリ呑むの苦手

 クスリ呑むの苦手です。粉グスリなら、まだ何とか。錠剤は、なかなか呑み込めない。カプセルにいたっては、もう死ぬ思い。たとえば3粒のクスリを呑もうとすると、当然1粒づつ。その1粒を呑み込むためにクスリと水を口に含み、うつむいてる状態から首をクッとそらせ、呑み込むタイミングを計りながら何度もトライ。やっと呑み込んで次にまた1つ。そのために必要とされる水の量は、たいてい1粒につきコップ1杯。だからクスリを呑むと、けっこうお腹いっぱいになってしまう。小粒のものは、まだよしとしてバファリンみたいな大粒は、見るだけでゲップ。カプセルの場合、やっと呑み込めたとしても、いつまでも喉につっかえているような気がして。子供の頃から、ずうっと同じ。まっ、呑めんもんは呑めんのだ。しゃーないとあきらめている。

 ところが、まだスゴイのがいて亡くなった伯父貴。入院先の部屋に入るとベッドの上で、すごい形相で苦しんでいる。「どうした?」あわてて聞くと、指でのどのあたりを指して「クスリッ!クスリッ!」。「どうしたって?」。「呑めない!ひっかかってる!クスリ!」。そのうちゲーゲーやって、やっと吐き出したものを見るとアルミで包装されたままのもの。少し厚めの銀紙に包まれ、長さ2~3センチの筒状で両端が手で切れるようギザギザになっている。それをそのまま呑み込んだらしい。

 「このクスリ、ぜんぜん呑めんわ」「なんで袋から出して呑まないの?」「だって、お前。ここに書いてあるぞ 『噛まずに、そのままおのみ下さい』って」。そうなんです。たしかに書いてありました。

 この笑い話のようなホントの話をクスリの問屋さんに話したところ、結構いるんだそうです。包装のまま呑んでしまう人。実際、胃に穴があいてしまうこともあるそうで。その問屋さんの話「いろんな人いますよ。座薬を座って呑んだって人いましたから」

 「・・・・・・?」効き目はどうだったんかしら?

話がデカくなる釣り自慢

 釣りはほとんどしない。子供の頃、川でウグイを釣ったくらい。ニジマスやヤマベを釣ったこともあるが、それも釣り堀でのこと。自分が釣りに向いているのかどうかもわからない。短気な人ほどイイそうだが呑気な私には、どうも...。

 こんな私だが釣果を自慢できることが一度だけある。じつは、なにを隠そう(別に隠してはいないが)私は「マイ山」を持っている。マイ山、つまりボーリングでいうところの「マイボール」みたいなもの。そのマイ山の中にはマイ池があって、そこでマイ鯉やマイ鮒が暮らしている。

池の主 どういう風の吹き回しかたまたま、その池に釣り竿を下ろしたことがある。突然、目の前をゆうゆうと4~50センチはあろうかという鯉。きっと「池の主」と思われるデカイ鯉が現われた。ひょっとすると、ご無沙汰している地主様にご挨拶でもと出てきたのかもしれないが、この上なく人なつこい池の主。あれよという間に私の垂らした糸の先まで近づき、いきなり針に喰いついてしまった。竿が折れるんじゃないかと心配したバトルも私の勝利!

 しめしめと家へ持ちかえり、タライに泳がせ泥を吐かせる。今夜は鯉の洗いか鯉こくかと舌なめずりをしてはみたものの、どうにも主様の顔を見てるとカワイソウになり、結局マイ池へお戻りいただいた。

 というわけで、数少ない釣り体験の中で全長1メートルもの鯉を釣り上げたというのが自慢。(やはり話が大きくなってしまうのは、釣り人なんでしょうか?)

この世で一番オイシイ鯉料理
オーソドックスには、洗いや鯉こく唐揚げだが、こうして食べるとヤミツキになってしまう。
▼ 材料:
新鮮な若い鯉一匹
笹の葉数枚
砂糖少々
▼ 調理法:
1,まず笹の葉を何枚か並べて敷く。
2,その上に鯉を置いたら、上から砂糖をまぶし包んでじっくり焼く。
3,これで「アマイコイノササヤキ」の出来上がり。

江戸の名物とんかつ茶漬

とんかつ茶漬け ミスマッチ極まりない、このメニュー。4~5年程前から東京在住の友人から「東京にはウッメェーモンがあンだぜ。何っ処にもネェーナァー、あんなウッメェーモン。今度来たら、ぜしオゴッチャウヨ!なんたって俺っち、江戸っ子ヨ!」と言われ続けてきた。

 それが、このとんかつ茶漬け。「すずやホームページ」

 この江戸っ子、じつは愛知県出身。そして、奴のクチグルマに乗せられた新潟県出身の江戸っ子と二人共謀して逢うたびに私を連れて行こうと責めるのである。きっと誰もが同じ反応を示すと思うが、初めて聞いたとき「えーっ!そんなの気持ち悪いよぉ。カツの上にお茶かけるんだろ」と、私の第一印象もゲェーッ!

 そうこうしてるうちに、敵も攻め方をかえてきて「頼むでェ!一度でエエんや。だまされたと思って、なっ、お願いだから喰べてみてちょー!」と、江戸っ子らしからぬ言いまわしで泣きおどしに打ってでる始末。泣いてお願いされると断われないタイプなもんで(特にうら若き美女の場合は、なおさら)、行きました2年前、歌舞伎町の「すずや」。

 ちょうど昼時ということもあって、店内へあがる階段には長蛇の列。待つことしばし。メニューには普通のカツ・味噌カツ・串カツいろいろあるが、周りを見ると満員のお客サン、ミンナがとんかつ茶漬け。テーブルの上や壁には「とんかつ茶漬け」の由来から喰べ方までイラストで描かれたウンチク・マニュアルが。

 ついに来ました、待望の(誰も待ってないってば)とんかつ茶漬けとご対面!

 このフィーリング・カップル5対5のようなドキドキ感はいったいナンナンダ!

 ご飯、炒めキャベツ、味噌汁、漬物はお替わり自由だという店員サンの説明に、なぜか嬉しくなってしまった。もうここまで来ると、期待に胸膨らませて。なんたって初体験なんだから。(とかく初体験というものは、ナンだって嬉しいに決まってる)。ウンチク通り、最初は普通にいただく。「んっ!旨いやん」。衣に醤油ダシがしみたカツ。かといってベタベタ感はなくサクッとした歯ざわり。炒めキャベツにも味がついていてシャキシャキっと、うんっ、旨いやん。

 「なッ、なッ、旨いやろ?」と、二人の江戸っ子。

 そして、ついに、ついに残り少なくなったご飯の上にカツとキャベツを乗せ、お茶をかけていただく。

 「ん?・・・・・・・・」

 「渋みのツヨイお茶と、噛みしめると醤油ダシがジュワーッとにじみ出てくるサクサク衣と、しゃきしゃきキャベツの歯ざわりが絶妙の・・・」なんてことを、料理研究家なら云うんだろうが、そんなアリキタリのセリフでは表現できない。イヤ、できないどころか決してしてはいけない。そんな事を口にしたら、「とんかつ茶漬け様」に失礼だ。

 ということで、一発でハマってしまいましたねェ。以来、渋谷の「すずや」も含めて、東京へ行くと必ず通っています。

 どうです?ぜし一度、騙されたと思って喰べてみては?ウッメェーぞー。なんたって俺っち、道産子ヨ!

Fly me to the moon - Doris Day

 この季節、どんどん日が短くなっていきます。

 薄暮が沈み山の上から月が出はじめると、とっても大きく見えます。「わあー、スッゲェー、デッカイ」と感激するほどです。時がたちそれがだんだん昇るにつれ小さくなっていきます。出はじめと昇りつめた時では何倍にも大きさが違って見えます。

 お月さんは、出はじめは近くにいて昇ると遠くへ離れていくのだと子供の頃から思っていました。でも、それは錯覚なのだと聞かされ、そんな馬鹿なとあちこち調べてみましたが、どこを調べてもやはり錯覚なのだそうです。じつは今でも信じられません。

 「この現象は人間の目の錯覚によるものと言われている。カメラとは異なり、人間の目は視界に入るすべての物体を鮮明に見るべく、常に焦点位置を調節し、脳で画像を合成している。このため月と近場の物体とが同時に視野に入った場合、合成画像では月が巨大化する。逆に空高くに位置する場合は、比較となる対象物が存在しないために、小さく見えるのである。」Wikipedia

 いろいろ調べていくうちに、月の「視直径」は、腕を伸ばして持った五円玉の穴の大きさとほぼ同じであるということがわかりました。空高くにある小さな月は、五円玉の穴にすっぽり収まってしまうように見えますが、地平線近くの大きな月の場合、五円玉の穴にはとうてい入りそうには見えません。ところがなんと実際には小さな月と同じように五円玉の穴に全部が収まってしまうのです。うーん、錯覚とはいえ不思議な現象ですねぇ。

お月様へ簡単に行く方法

 新聞紙一枚あれば簡単にお月様へ行けます。暇な人は新聞紙を42回折り重ね、その上に立ってみて下さい。月までの距離は、およそ38万km。新聞紙の厚さは約0.1mm。これを順に折っていきます。現実に新聞紙を折るのは、せいぜい7回ぐらいが限度らしいですが、それでも何とか42回まで折り重ねてみましょう。

1回 / 0.1×2=0.2mm
2回 / 0.2×2=0.4mm
3回 / 0.4×2=0.8mm
4回 / 0.8×2=1.6mm
・・・・・・・・・
10回 / 51.2×2=102.4mm≒10cm
20回 / 100m
30回 / 100km
40回 / 10万km
41回 / 20万km
42回 / 40万km

ヤドリギの賢い繁殖戦略

ヤドリギ

 夏の間は、葉が生い茂っているので気づきませんが、この季節、木々の葉が落ち始めると落葉樹の枝にまん丸いマリモのような緑のカタマリがついているのを見かけます。宿生木(ヤドリギ)です。ヤドリギは常用樹なので葉を落とした落葉樹にくっついている姿はよく目立ちます。ヤドリギは大きさ5mmくらいの黄色やオレンジ色の実をつけます。これが小鳥にとってたまらなく美味なのです。この実を食べた小鳥はお腹の中に未消化の種をかかえたまま遠くまで運びます。

 ここからがヤドリギのエライところなのですが、種のまわりにはネバネバする粘着質のものがついていて鳥の消化管の中でも失われません。未消化のまま排泄された種はあまりにもネバネバしているので排泄された糞は、なかなかお尻から切れ落ちてくれません。そこで鳥は枝にお尻をこすり付けて、ねばつく糞をこすり落とすのです。そのまま枝に貼りついた種は寄生主の枝に根付いて成長します。

 子孫を残すためとはいえ、植物であるヤドリギのこのたくましさには感動を覚えます。一生懸命生きているヤドリギの姿を見ていると、自分も頑張らなくてはと思うこの季節です。


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