「ラヂオのこと」でも書いたが、子供の頃の娯楽といえばラヂオ。北海道に初めてFMの本放送が流れたのは1969年。すでに高校を卒業して浪人中のこと。「ほとんどモノラル、ときどきステレオ」というNHKのFM放送だったらしい。中学の時、父親に買ってもらったスタンダードのAM/SW2バンド7石トランジスタラヂオではFMが受信できなかった。翌年も受験に失敗し上京。アメリカの最新ヒットチャートをどこよりも早く放送するということもあってFENオンリー。本格的にFM放送の虜になるのは、名古屋の大学で先輩が「捨てようとしていたレシーバー」を手に入れてからのこと。レシーバーとは、チューナー付きアンプのことでレコードプレーヤーやカセットデッキが接続できる。貧乏学生のオーディオ道楽は、スピーカーユニットと板を買ってきて雑誌に載っている長岡鉄男設計の自作スピーカーボックスを作ること。塗装もせず見た目はリンゴの木箱のように質素だが、ダイヤトーンの六半フルレンジ1本のバスレフから聴こえるFM愛知、これがまたイイ音で鳴るんだよなあ。
捨てられる運命にあった「Trio W-39」というレシーバーは、真空管式。スイッチを入れても暖まるまで、しばらく音が出ない。なにより重かった記憶がある。20kg近くあったかもしれない。あの頃でも放送は終わっていたはずだが、NHK第1放送と第2放送を左右別々のチャンネルで受信してステレオにするという「立体放送」が再現できるというスグレモノ。だから、AMチューナーが2個ついている。部屋の照明を落とすと真空管の温かい光が漏れてイイ感じの雰囲気だが、しばらくすると直接手で触れられないほど天板が熱くなる。冬は暖房代わりになりラッキーだが、ただでさえ暑い名古屋の夏には耐えられない。もちろん、クーラーも扇風機もない狭い部屋。大音量が外に漏れないように窓を閉め、汗をダラダラ流しながら由井正一のアスペクト・イン・ジャズやナベサダのマイディア・ライフを聴いていた。
FM愛知は、日本で最初の民放FM商業放送局。3番目に開業したFM東京(TOKYO FM)と、ほぼ同じ放送内容。午前零時のジェットストリームの前は、23時45分から「あいつ」が流れる。トヨタ自動車提供。日下武史の個性的な声でハードボイルドなストーリーが朗読される。都会の夜の無機質な情景を連想させるBGM、コツコツ響く靴音やBARの扉をあける効果音。なんといっても劇中1曲だけの選曲がブラックでファンクでカッコイイ。外人部隊出身の凄腕な「あいつ」が敵と遭遇し、時にはピストルの効果音が私の部屋を揺るがす。大人の雰囲気満載で私の憧れるすべてが凝縮された番組だった。イタズラな神様に、好きな番組一つだけ聴かせてあげると囁かれたら、間違いなく日下武史の「あいつ」をリクエストする。
その番組のオープニング曲、イギリス映画「GET CARTER(狙撃者)」のメインテーマ。ハープシコードとベースのコラボで始まるクールな曲。今でも、この曲を聴くと日下武史の顔と深夜の自室に熱気を孕んだレシーバーと番組の黒い雰囲気、若さだけが有り余っていた甘酸っぱい想い出の日々が蘇る。
Get Carter / Roy Budd
あの時代、深夜放送・深夜営業という言葉が当たり前に通用していた。いつの頃からか「深夜」という感覚のない世の中になってしまった。24時間営業という便利なものが巷に溢れているせいに違いない。