キタキツネは冬の間に発情期を迎え、わずか50日程度で春先に3~5匹の子供を出産する。5月を過ぎると子供たちは巣の外へ出て行動するようになり、母親の狩りを真似てネズミや昆虫など捕食する術を覚えていく。山荘で、この時期出会うのは、ほとんどが親子連れ。親は警戒して近づいてこないが、好奇心旺盛な子ギツネはクルマを停めると側に寄ってくる。
人間でも動物でも幼いものが可愛く見えるのは、「弱いものは守らなければ」という気持ちが自然に湧いてくる仕組みのせいらしい。この仕組みは「生得的解発機構(生まれつき備わったもの)」によるもので、動物行動学では「ベビーシェマ」と呼ばれている。
キタキツネの子供も同様、ジッと見つめられると「可愛いーっ!」と思わずにいられない。だからといって、人間の食べ物を与えてしまうと「雪の野花南山荘」で書いたように免疫力が低下して、ゆくゆくはダニが原因の「疥癬病」で無残な姿で最期を迎えてしまう。決して、野生のキツネに人間の食べ物を与えてはいけない。
このように今の季節、親子で行動しているキツネたちだが、8月を過ぎると「子別れの儀式」を迎える。それまで優しかった母親が突然、躾の甘噛みやジャレ合いでなく本気で噛みつき子供を追い出しにかかる。まだ甘えたい子供たちは混乱するが、厳しく拒絶する親から離れて自立していく。この「子別れ」は親ギツネが自分の餌を確保するためと近親交配を避けるため、また子供を独り立ちさせるため、いわば「獅子は我が子を千尋の谷へ突き落とす」的に解釈されているが、果たしてキツネがそんなに理性的であるとは思えない。
春に生まれた子どもたちも成長し、秋を迎える頃には親と同じくらいの大きさに近づいてくる。そうなると幼い子ギツネ時代の可愛さは失われ、ベビーシェマが働かなくなる。母キツネにしたら成長した我が子の姿を見て突然母性本能が吹っ飛んでしまう。急に警戒心や恐怖心を抱くようになり、自分のテリトリーにいる他者を追いだそうとするのではないだろうか。そうでなければ、いくら種を守るためとはいえ無慈悲に我が子に噛みつき真剣に戦うようなことはできないと思う。そこには我が子を愛するという心の欠片すら感じられない。結局、子供の成長による見掛け上の変化が引き金になる本能的な行動なのかも。
今日、出会った3匹の親子連れにも、あと1〜2ヶ月もすると子別れの儀式が訪れる。つぶらな瞳の好奇心旺盛なアノ子も秋には独り立ちする。なんとか生き延びてほしいとベビーシェマを感じる私だが、雪が降りはじめる頃に痩せ細った小さなキツネに出逢うことになるかもしれない。
関連記事:哀愁のキタキツネ