以前、田舎のFM局でDJをやってました。番組で流したのは、いわゆるモダン・ジャズ。ジャズの歴史の中では、1950~60年代のビ・バップからハード・バップ、そして、60年代初めの頃からの、マイルスのモード・ジャズ。私は、なんといっても4ビートのスゥイングするハード・バップの大ファン。

 1965年、アメリカの北ベトナムへの北爆以来、反戦歌としてのロックが支持を受け始め、そのロックのビッグ・サウンドに対抗するように、ジャズもアンプを通し始め、1970年代には、ロックやソウルを取り込んだフュージョンへと向かっていきました。また、60年代にはコルトレーンやエリック・ドルフィーのようなアドリブ追求型の天才も他界し、どんどんジャズの形態の方向性が変わってきました。

 私に言わせれば、マイルスが「イン・ア・サイレント・ウェイ」あたりから、フュージョンを発展させていったことが彼の悪行なんですね。ウェザー・リポートやチック・コリア、クインシー・ジョーンズを当時は喜んで聴いていた私も、今となってはやはり、あの身体が熱くなるようなハード・バップから抜けきることができずにいます。

 そして、1980年代以降にはロックも先鋭的ではなくなり、単なるエンターテインメントになってきます。と同時に、ジャズもハード・バップなものへと回帰し始めます。まっ、それだけではなくいろんな方向性を持ったジャズが出てきて楽しくはなってくるのですが、私にとってのジャズは、やっぱりハード・バップ!

 というわけで、2000年代のジャズも、なかなか捨てたもんじゃないですねぇ。少し古いけどエディ・ヒギンズのアルバム(煙が目にしみる)の「It's a lonsome old town」、 ウーン、セクシーだなぁ。

 あと1週間でクリスマスイブ。クリスチャンでもないのに日本人はハシャギ過ぎという意見もありますが、何かにカコツケて楽しく過ごすのは別に悪いことではないような気がします。

 子供の頃のクリスマスを想い出します。毎年決まって伯父の家で、今で言うパーティ。近所の人たち、普段からウチに出入りする人たち、住み込みの人たち、とにかく家族のような人たちが大勢集まり、美味しい料理を食べて楽しく過ごす。貧しかったあの時代、とても贅沢な気分を味わえるイベントでした。それも毎年決まったメニュー、ザンギ、チンピ、フヨウハイ、クローヨウ、ポテトサラダ。今でもはっきりと覚えています。

 こんな豪華なご馳走にありつけるのは、年取りの夜とクリスマスだけだったような気がします。なんたって、運動会にしかバナナが食べられない時代でしたから。お腹がいっぱいになれば、大人たちは応接間でダンス、子供たちはプレゼントのおもちゃで遊ぶ。幸せなひと時でした。何もない時代だからこそ、季節のイベントを大事にする。そんな想い出をたくさん残してくれた当事の大人たちには今でも感謝しています。

 物が溢れている今の世の中、我が家でも似たようなことはするのですが、あの頃の感激を子供たちに与えているのかといえば、少し違うような気がします。やはり、有り余る物の世界では、毎日がクリスマスなのでしょうか。決して我が家は貧乏だったとは云わないけれど、裕福でもなかったあの頃を、いろいろな感動とともにリアルタイムで過ごせたことが私の自慢です。

 余談ですが、中学2年の時にビートルズがデビューして、彼らとともに時代を過ごせたことも自慢の一つです。私は、今でもよくJazzを聴きますが、やはり1950年代のあの熱く燃える黒人プレヤーのハードバップにリアルタイムで接することができなかったことが残念でなりません。

 話が飛びましたが、一つ一つの季節の催しを大切にしていた日本人の心が失われつつある昨今、考えられないような事件がアチコチでおきています。物に溢れた世の中で、満ち足りなさを感じて生きている人が多くなってきたのでしょうか。貧しい時代の不便さを強いるつもりはありませんが、多少不便でも心の持ちよう一つで幸せになれるということを今一度思い返してほしいと思います。

 ところで、アナタにとっての幸せとは何ですか?例えば、どこかでオシッコをしたくてしたくて我慢ならないときに、やっと見つけたトイレで一気に放出するその瞬間、「はあー」という無上の喜びが口から漏れてきませんか?あの瞬間こそが幸せの極致なのです。人間誰しも、あれ以上の幸せを求めてはいけないのです。そう思って生きていければいいなあと、この歳になって思います。

日本三大ブス地帯

 「日本海飛び飛び伝説」というのがあるそうだ。日本海側は「秋田美人」「越後美人」「加賀美人」「京美人」、ちょっと飛んで「出雲美人」「博多美人」というように一県ずつ飛び飛びに美人の県があるという。つまり、この伝説を裏返すと山形、富山、福井、兵庫、鳥取、山口には美人がいないということ。

 一方で「日本三大ブス地帯」というのもある。よく言われるのが、仙台・水戸・名古屋である。宮城県・茨城県・愛知県といわず都市名で言うところに曖昧な信憑性を感じてしまう。<

 私の経験からすると、ある地方都市でタクシーに乗り、車窓から眺めていたが本当に街を歩く女性には美人が見当たらないというところがあった。今でも強く印象に残っている。何処とは言わないが「○オ○ヤ○」。まっ、こればかりは主観の問題だから。

 このような悪評が流された原因は、仙台・水戸・名古屋は、江戸幕府の潜在的敵対勢力の藩だったせいらしい。

 地域間格差が叫ばれている現在、すべての地域が平均化されることが良いことだと思われているが、果たしてそうなのだろうか。それぞれの地域ごとに特色があってこそ独自性を主張できるというものではないだろうか。実際には地域によって美人が多かったり、ブスばかりという訳である筈はなく、絶対多数のブスに囲まれているからこその美人であって、比較の問題なんじゃないの。しょせん美人の定義だって時代によって変わりゆくものだし。

 昔あこがれていた美少女でさえ、40年も経って同窓会で再会すれば「どこのオバサン?」っていうことだってあるもんな。まっ、そういう私自身も「どこのオジサン?」になっているんですが。(オトコは顔じゃねぇよ)

 だからいいの、三大ブス地帯に住むアナタ、美は永遠の価値ではないんだから。

 ところで、札幌は「日本海飛び飛び伝説」にも「日本三大ブス地帯」にも名前が出てこないけど、どうなのよ。


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